さぽろぐ

  日記・一般  |  札幌市北区

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2011年01月24日

母の絵手紙

母が転院してから20日ほど経ちました。真新しい病棟で10日ほどリハビリを受けた後、旧病棟に移ることになりました。それに伴い今までリハビリをして頂いた作業療法士さんも代わるため、母は感謝の気持を込めて、作業療法士さんに自分がデイサービスで習い描いてきた絵手紙の中から一枚を渡しました。表面に作業療法士さんの名前と自分の名前を筆ペンでスラスラと書いていると、作業療法士さんが「上手いね」と驚いて、同じ病室の患者さんにも見せていました。カーテンを閉じて寝ていた人も「見せて」と云って出てきました。いつも母の話し相手となっていた斜め向かいのおばさんは「教えられるね」と感心していました。部屋の雰囲気がいっぺんに明るくなったような気がしました。

絵手紙をまとめて本にした人もいるそうですが、母の絵手紙は札幌市立病院でお世話になった看護師さん達にもあげたので残りわずかとなりました。自分の手元に残らなくても喜んで貰えれば嬉しいそうです。今年の年賀状は出せませんでしたが、今まで絵手紙の年賀状を送っていました。母に絵心があるなんて思ってもいなかったので、デイサービスで隠れていた才能を開かせてくれたんだと思います。

リハビリは午前と午後の2回あるときもあります。土曜日もあります。1日に2回あるときは2回目に習字や絵手紙、オセロなどをしているそうです。
それにしても何が何時、周囲の雰囲気を和らげることになるか分からないものですね。  


Posted by 中嶋 at 18:23Comments(0)中嶋

2011年01月16日

学生時代のサークルOBの新年会

昨夜、小雪がちらつく中、札幌駅東口にある居酒屋「魚や一丁」で標記の新年会が開かれ、札幌地区を中心に15名が参加しました。深川や室蘭からも駆けつけ、顔馴染みから久し振りの人まで再会を喜び合いました。幹事さんの乾杯の後、新鮮な魚介類が盛られた舟盛りの刺身や鍋などで舌鼓を打ちながら談笑して話が盛り上がってきた頃、近況報告が順番に行われました。残念ながら個室の上部は開放されているため、隣の部屋から聞こえてくる大きな声と重なり合い聞き取りにくいところもありましたが、耳を澄ませてにこやかに聞き入り共感していました。

昨秋、野外で足を骨折し2ヶ月間入院していた男性が回復して参加してくれたので皆で快気祝いをしました。個室は掘りごたつで幸いでした。また、スケートで転倒し手首に包帯をした女性も参加してくれました。野外スポーツは健康に良いけれど年齢相応に気をつけたいですね。参加者は60歳以上の人が多いので、孫の世話や親の介護の話題が多かったけれど、仕事を続けている人もいて仕事のやりがいを生き生きと話してくれました。

幹事さんから3月に一泊二日で旭川に雪の結晶を見に行く旅が提案され賛同者が5名以上もいました。これはOBで昨年退職した雪氷の研究者が解説してくれるものですが、学生時代のようにゆっくりたっぷり語り合う場にもなります。
また、昨年の暮に現役学生の定期演奏会を観て来た人が撮った写真をノートパソコンに取り込んで見せてくれました。荒馬や鬼剣舞などの民舞をダイナミックに演じている後輩たちを頼もしく思いました。
また、10年以上も前に支笏湖で開かれたOB会の写真集も回覧されました。写真毎に映っている人の名前が添えられているのには感心しました。サークルは3年後に50周年を迎えるので、これまでの写真などを収集しまとめ記録として残していこうという提案もなされました。
最後に記念写真を撮りお開きとなりました。

まるで学生時代のサークルにタイムスリップしたような楽しいひと時を過ごしました。  


Posted by 中嶋 at 18:14Comments(1)中嶋

2011年01月10日

町内会の新年会

本日、17:00から南沢福祉会館で当町内会の新年会が行われました。送迎バスで行けるようになってから参加者が増え今年は子供を含めて70名が参加しました。バスは2回に渡って運行されました。暖かい車内に続々と乗り込んでくる人と笑顔で挨拶が交わされ和やかな雰囲気でした。会場に着くと、受付で抽選用の番号札をもらい、班毎のテーブルに着きました。嬉しいことに当班は12世帯中8世帯13名、3世帯は夫婦で参加していました。暫らく振りに顔を合わせた方と挨拶したり、「奥さんは来ないの」と聞かれたりしました。テーブルには役員さんたちが用意してくれたお弁当やオードブル、飲み物が一杯に並べられ賑やかでした。会長さんの挨拶に続いて、乾杯、会食が始まりました。お酒を酌み交わしたり、オードブルを小分けにして取ってあげたり、自家製の漬物を提供してくれたり、美味しいお弁当を頂きながら談笑し盛り上がりました。

宴もたけなわのとき、ビンゴゲームが始まりました。今年は電気仕掛けのビンゴゲーム器が新登場しました。番号が電光掲示板に表示されるのです。進行係の役員さんがその番号を読みあげるたびに、「出ないな」、「惜しい」と云って悔しがる人、「リーチ」と大きな声で喜ぶ人、そしてついに「ビンゴ」が出ました。前に出て袋に入った景品を選んで持ち帰ってきます。当人だけでなく周りの人達も笑顔で喜び合っていました。ゲームは全員が当たるまで続けられました。
続いて抽選が始まりました。抽選用のカードでくじを引くと、その番号の景品がもらえます。袋の中には日用品などが入っていました。これも全員に景品が当たりました。ハイライトは会長が引いた抽選番号の人にお米が当たるもので4人に当たりました。このときは一段と注目を浴びていました。

最後はカラオケ大会です。派手な衣装に扮装した司会者の愉快な紹介で歌う人が舞台に登場します。カラオケの映像は会場からも舞台正面に備え付けられたテレビで見れます。熱唱に会場から喝采を博していました。特に女性が登場すると大声援がかけられました。自分も「知床旅情」を歌はさせて頂きました。席に戻ると「どこで練習したの」、「初めて聞いたよ」、「良かった」と労われました。
自分のブログを見たという人が来られ、こちらに引っ越してくる前に読まれたそうで嬉しかったです。当班には本格的にブログをやっている人、興味がある人もいて、暫しブログ談義で盛り上がりました。
7:30分に閉会し、一杯貰った景品の袋を抱えて送迎バスで帰りました。

大勢の方が参加し親交を深めることが出来ました。これも役員さんたちのおかげだと感謝しています。
  


Posted by 中嶋 at 22:52Comments(4)中嶋

2011年01月06日

母は転院しました

昨日、母は札幌市立病院から紹介されたリハビリ専門病院に転院しました。入院してから妹と交互に見舞いに行っていたので、ほっとした気持とお世話になった病院スタッフや同室の皆さんと別れる寂しさが入り混じり複雑な気持になりました。車椅子に座った母はナースステーション前で3人の看護師さんと笑顔で握手しながら感謝の気持を伝えていました。エレベータに乗るまで看護師さんたちの温かい見送りを受けました。手術してくれた先生、患者に寄り添って優しく看護してくれた看護師さん、リハビリで明るく歩行訓練をしてくれた理学療法士さん、入浴を介助してさっぱりとさせてくれた看護助手さん、病室や廊下などをきれいに掃除してくれた掃除婦さん、食事の配膳係さん、本当にありがとうございました。特に看護師さんには夜間に何度もトイレに付き添ってもらったり、導尿が一人で出来るようにと泌尿器科の受診を取り計らってくれました。母はクリスマスに深夜勤される看護師さんに感謝の手紙を渡しました。看護婦さんからも退院するとき手紙をもらいました。読ませてもらったところ、母に対して感謝のことばが綴られていました。いろいろな患者さんや病院スタッフとの対応で落ち込むときもあるそうです。いつも爽やかで明るく接してくれた看護師さん、これからも患者さんのために頑張ってください。

4人部屋の病室では、手術室に運ばれていく人に「頑張ってね」と声をかけると、手を揚げて応える人や「先生が頑張るのよ」と応える人と反応は様々ですが、病人同士で通じ合うものがあるようです。手術の痛みが治まってくると、症状や食事などいろいろな話題でおしゃべりを楽しんでいました。

転院先の先生にリハビリは2ヶ月必要だと云われたそうです。1ヶ月と思っていたので予想外でした。真新しい病棟に入ると、看護師さん、看護助手さん、理学療法士さんなど病院スタッフが目立つほどたくさんいました。リハビリが今までより多くなりますが、宜しくお願いします。  


Posted by 中嶋 at 19:16Comments(0)中嶋

2011年01月03日

漢字の妙味

12月31日の北海道新聞に掲載された「はなしの抄 2010年を振り返る 心に響いたあの言葉」に選ばれた五つの内の一つがガッツ石松さんの 「辛」はあと一本で「幸」になる でした。「辛」という字はあと一歩。あと一本入れると「幸」という字に変わります という説明でした。確かにそうですね。
辛い時は先の明るさが見えないけれど、あと一歩努力すれば見えるようになるので、諦めずに前を向いて進もうということだと思います。漢字の妙、巧みさに感心しました。漢字を覚えるとき、がむしゃらに覚えるのではなく、漢字の成り立ちから入ったほうが興味が湧きそうですね。漢字は表意文字ですから。   


Posted by 中嶋 at 23:29Comments(0)中嶋

2011年01月02日

「トイレの神様」に感動しました

NHKの紅白歌合戦で植村花菜さんが歌った「トイレの神様」に感動しました。祖母との思い出を自分のことばで淡々と歌い上げていました。子供のときに一緒に遊んだこと、トイレ掃除のごりやくの話を聞いてからピカピカにトイレ掃除をするようになったこと、にも関わらず思春期に祖母や家族と折り合いが付けられなくなり家を飛び出したこと、上京してから祖母の入院を知り見舞いに行った翌日、自分を待っていてくれたように息をひきとったこと、祖母の優しさに応えることができなくなった悔しさ、祖母がくれたことばは心の中に生き続けているというストーリーです。祖母の無垢な愛情に気付き心から感謝しています。祖母から孫に物でなく心が引き継がれることの大事さに心を打たれました。  


Posted by 中嶋 at 18:19Comments(0)中嶋