さぽろぐ

  日記・一般  |  札幌市北区

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2012年05月28日

木内宏治さんの音楽葬

先週末の25日と26日に木内宏治さんの葬儀が川沿のやわらぎ斎場で200名以上の人が参列してしめやかに執り行われました。
受付を済ませると、木内さんの想いでの写真やスケッチを展示しているメモリアル・フォートコーナがあり、在りし日の姿が偲ばれました。ホールに入ると、正面に豪華な祭壇がありその真中に木内さんが堂々と指揮している遺影が置かれていました。祭壇では菊の花で五線譜と音譜を表現していました。始めて見る造りに感心しました。バックグラウンドミュージックとして北海道合唱団が吹き込んだCDの合唱が流れ、会場全体がやわらかな音楽で包まれていました。会場の左右の壁にはびっしりと花輪が立てられていました。木内さんが関わった合唱団からのものが多く見られました。その中に池辺晋一郎さんからの花輪もありました。弔事は北海道合唱団の団長さんがこれまでの多大な貢献に感謝するものでした。鎮魂歌として「アムール河の波」が北海道合唱団とバリトン歌手の中川速男との共演、西端さんのピアノ伴奏も付いて演奏されました。喪主の奥さんも一緒に歌っていました。木内さんを団長として北海道合唱団他がロシア公演に行って見てきたアムール河の情景が聞こえますかと呼びかけているように聞こえました。
弔電は関西合唱団、広島合唱団、中央合唱団と全国の音楽家から早過ぎる死を悔やむものでした。

告別式でも北海道合唱団が「キエフの鳥の歌」を合唱しました。最後に一人ひとりが棺の中の木内さんの周りに花を添えました。おだやかな顔でした。涙ぐむ人、語りかける人も多く離れがたい様子に喪主の奥さんも始めて涙ぐみ、蓋が閉められる前にそっと優しく顔をなでられているようでした。つらいお気持ちを察します。

それにしても北海道合唱団は短期間にもかかわらず総力を挙げて取り組まれたことに感謝します。学生時代の音楽サークルを指導して頂いたことに感謝します。ありがとうございました。沢山残された木内さんの歌を大事に歌い継いでいきたいと思います。  


Posted by 中嶋 at 14:58Comments(0)中嶋

2012年05月24日

音楽家木内宏治氏逝去

昨日、木内宏治さんが亡くなられました。木内さんとは私の学生時代に音楽サークルの歌唱指導とアコーディオン伴奏だけでなく、音楽談義や人生相談などにものってくれた気さくな兄貴分的な存在でした。そのOB・OGの有志で13年前に立ち上げたサークルでも歌唱指導をして頂きました。音楽に対する豊かな想いと情熱的な指導によって皆で歌うことの楽しさを再び気づかせてくれました。数年前に体調を壊してから歌唱指導は奥さんに代わりましたが、レッスンのたびに宏治さんの様子を聞いていました。

先月のレッスンでは奥さんに連れられ突然現れたのでみんなびっくりしました。嬉しい感動です。
レッスンでは木内宏治さんが作曲した「戦争の朝」も練習しました。詞と曲がぴったりと合ったいい歌です。練習が終ったとき、「もう少し練習すれば良くなる」と感想を述べられました。しっかりと聞いていてくれたのです。皆で喜び合いました。それが木内宏治さんとの最後の出会いになるとは思いませんでした。

昨日、突然の訃報を知らされ、OB・OGにメールや電話で連絡しました。誰もが驚き残念がっていました。夕方、線香をあげに自宅に伺いました。北海道合唱団の人達がお見舞いに来ていました。道外のOBからは弔電を送ってきたそうです。亡くなる前の詳しい状況を聞かせてもらいましたが、悲しみをこらえ気丈にいつものように振舞っていました。木内さんが弾いていたアコーディオンをしみじみ眺めると、これで元気付けてくれたんだと懐かしさと感謝の念がこみあげてきました。ご冥福をお祈りします。  


Posted by 中嶋 at 18:10Comments(0)中嶋

2012年05月14日

町内会の春の大掃除

昨日、恒例の大掃除が行われ、久し振りに大勢の人達と顔を合わせ賑わいました。開始時刻の8:30を待ちきれずに生活道路や雨水枡を掃除している人達がいました。

雨水枡の土泥を掻き揚げる道具を借りて5箇所の雨水枡を掃除しました。雨水枡の蓋を開けると、落葉や桜の花びらが汚泥に混じっていました。坂道の下の角の雨水枡には雨水をたっぷり含んだ汚泥が大量に積もっていて疲れました。嬉しいことに近くにいた人がスコップを持ってきて汚泥を麻袋に入れてくれました。長靴で袋を踏んで水分を搾り出した後、2人で休み休みしながらゴミステーションまで運びました。

縁石の周辺や壁際に生えている雑草も3人で協力して取ったので道路全体がきれいになりました。女性部長さんから今年の焼肉パーティの日取りを教えてもらいました。高齢者が多いので、集まると足腰が痛いなど健康不安の話が出ます。

当町内会では毎年春と秋に大掃除を続けているので、大雨になっても災害を減らすことができると思います。雨水枡に雑草が生えて地表に出るほど成長しているところも見かけます。雨水枡本来の機能が発揮できるように継続して清掃していきたいものです。  


Posted by 中嶋 at 12:15Comments(0)中嶋

2012年05月04日

中谷宇吉郎没後50年記念講演会

4月28日、北大総合博物館で標記の講演会が開かれ、雪博士と知られる中谷宇吉郎元北大教授の熟年ファンが大勢詰めかけました。

最初に菊池勝弘北大名誉教授が「中谷宇吉郎の雪結晶の分類とその変遷」と題してエピソードを交えながら体験されたことを面白く話されたので、会場から幾度となく笑いがこぼれました。先生はとても気さくで学生時代に北大の植物園に連れて行って講義してくれたこともありました。卒業後に初めてお会いしましたが、年齢を感じさせないエネルギッシュな話しぶりでした。中谷先生や孫野先生との交流のお話しは「そうだったのか」、「そんなこともあったのか」と先生方に信頼されて可愛がられていたことがよく分かりました。

中谷先生が観測と人工雪実験に基づいて創られた41種類の「中谷ダイヤグラム」を孫野先生が「雪結晶ゾンデ」を開発して上空の雪の結晶を採取して81種類の「気象学的分類」に発展させました。菊池先生は南極や北極を含む世界中の雪の結晶を採取し、新たな雪の結晶を多数発見しました。
最初はなかなか認知されませんでしたが、2009年に日本雪氷学界の有志でそれら極域のデータも含めた「グローバル分類」を完成させました。その成果は北海道新聞社から「雪の結晶図鑑」として発行されています。最近は常温の室内でも雪の結晶を作り出せる人工雪発生装置ができたそうです。それでも実際の雪の結晶を現場で観察することは重要ですと話を結ばれました。

続いて中谷宇吉郎の出身地である石川県加賀市にある「中谷宇吉郎雪の科学館」の神田健三館長が「中谷宇吉郎没後50年と雪の科学館」と題して、雪の科学館のこれまでの取り組みと今後の企画について話されました。実は4年前に富山で大学の同期会を開催したとき、雪の科学館を訪れて神田館長から説明を受けていたので、4年ぶりの再会となりました。中谷宇吉郎の随筆や墨絵などにも造詣が深く、中谷宇吉郎の人間像を紹介するため「中谷宇吉郎と高野與作」を開催しています。秋には「中谷宇吉郎と寺田寅彦」を開催する予定とのことで興味がそそられます。中谷宇吉郎は実用面でも役に立つ業績を残しています。鉄路が凍上によって不均質に曲げらる問題を解決しました。戦時中は航空機の着氷実験にも取り組まれました。北大総合博物館とも連携して雪の科学館での取り組みを紹介する一環として「雪のデザイン展」で入賞された作品の展示が予定されています。

会場の最前列には樋口敬二名古屋大学名誉教授も座っていました。先生は中谷宇吉郎の指導を受けるため北大でも務めていました。2人の講演の後に温かいコメントをしてくれましたが、かくしゃくとしていました。  


Posted by 中嶋 at 19:51Comments(0)中嶋