さぽろぐ

  日記・一般  |  札幌市北区

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2011年03月22日

東北地方太平洋沖地震ーあなたたちは一人でない

標記の大地震と津波の被害を受けた多くの被災者は、家や職場を失い今後の生活について展望が開けないと悩んでいると思いますが、諦めないで下さい。日本中、世界中にあなたたちを応援する人が大勢います。

3月12日にオープンしたばかりの札幌駅地区と大通地区を地下でつなぐ札幌駅前通地下歩行空間でもいろいろな団体による街頭募金が盛んに行われていました。北海道新聞には見舞金寄託者の一覧が2面に渡って連日掲載されています。その他にもいろんなところで募金活動が行われています。現地に出かけて直接お手伝いするボランティアだけでなく、テレビでいろいろな応援の仕方があることを教えてくれました。インターネットでも様々な支援が行われています。友達がメールで知らせてくれた以下の二つを紹介します。

国内外で投稿された心に残るつぶやきをまとめた
http://prayforjapan.jp/message
海外からの応援メッセージなどを映像で紹介している
http://www.youtube.com/watch?v=IxUsgXCaVtc&feature=player_embedded

力になれるときに備えて心身とも健康を保ちましょう。  


Posted by 中嶋 at 17:56Comments(0)中嶋

2011年03月17日

東北地方太平洋沖地震で次女家族が被災しました

いつもより揺れが長いなと感じた地震は世界最大級の地震で、東北地方の太平洋岸に大津波が襲い甚大な被害をもたらしたと知ったのはテレビの放映を通してです。川を逆流するだけでなく広範囲にわたって家や車、木々を次々と呑み込んでいく津波のすごさに打ちのめさせられました。

次女の家族が住んでいる仙台も大きな被害を受けました。さっそく安否確認の電話を入れましたが繋がらず心配していましたが、夜に無事を知らせる電話があり一安心しました。いろいろなものが倒れ、玄関のドアが開かなくなったので窓をこじ開けて脱出したそうです。その夜は家族で避難所に行ったが、大勢の人が暖房がなくて寒い、しかも停電の中で一夜を過ごしたため眠れなかったとかで、比較的被害が少なかった実家に移ったそうです。水道が使えない、開いている店やガソリン・スタンドが少ないため、探し回ってやっと手に入れたとのことです。そんな中で3歳の孫はムードメーカになって周りの雰囲気を明るくしているそうです。やっと電気が使えるようになったので、暫く使っていなかった電機ストーブを出してきて暖をとっているそうです。知り合いの家で1週間ぶりにお風呂に入れさせてもらったりと、親も経験したことがない不自由な生活をしています。余震も続いているので避難生活は続きそうです。余震に気をつけて元気に過ごして貰いたいです。  


Posted by 中嶋 at 21:34Comments(0)中嶋

2011年03月10日

母は介護付有料老人ホームに入りました

母は退院して3日後の一昨日、介護付有料老人ホームに入りました。
昨年の11月に脊椎管狭窄症で歩行が困難になったとき、日常的に身の回りの世話をしてくれる施設に入りたいという思いが強くなりホームに入ることにしました。入居は手術とその後のリハビリで入院したため遅くなりましたが、仮に確保して頂いた部屋に入居できました。

引越しの荷造りは妹としましたが、持って行くものは母が決めるのでその指示だけでも疲れていました。
引越し当日、運送業者さんが来られ持って行くものを確認した後、手際よく大型の家電などを梱包したりダンボールなどを次々と運んでくれました。ホームの部屋はこじんまりとしたワンルームなのでどこに何を置こうかと予め考えてきましたが、実際に置いてもらうとしっくりしません。迷っていると、業者さんが「テレビと電子レンジは離したほうがいい」、「ベッドの向きは暖房が顔に当たらないようにしたほうがいい」など、的を得たアドバイスを親切にしてくれました。テレビの設定もしてくれました。納得できる対応に感激しました。

バリアフリーのホームでいろいろな介護サービスを受けられます。訪問診察もあります。趣味の集いもあるようです。若い介護師さんが明るい声で挨拶してくれます。早く慣れて楽しんでもらいたいと思います。  


Posted by 中嶋 at 23:55Comments(0)中嶋

2011年03月06日

母の退院

昨日、母は3ヶ月ぶりに無事退院しました。
病室に着くと、看護師さんが家に持っていく薬などを妹に説明していました。
妹と荷物を整理したら持ちきれない程になったので病院の台車を借りしました。
母は病衣から普段着に着替え「病人でないみたいだね」と上機嫌です。履きなれた軽い室内履きから冬用の重い防寒靴に履き替えると「足が重い」と戸惑っていました。
妹の旦那が車で迎えに来てくれ、いよいよお世話になった病院と別れるときが来ました。母は居合わせた看護師さん、作業療法士さん、リハビリで顔なじみになった患者さん達に別れの挨拶をしながら病院を後にしました。

退院に先立って3月3日に先生からお話があり母と妹と一緒に聞きました。手術した腰部のMRI写真を見せてもらいながら「血腫は転院してきたときよりも大分小さくなって神経も太くなってきた」と回復ぶりを説明してくれました。同席された作業療法士さんから「左足と右足の太さはほぼ同じになってきたし、杖無しで160mも歩けるようになった」とリハビリの効果を説明してくれました。先生は「女性の平均寿命を越えたんだから後はおまけだと思って、転ばないように気をつけ、好きなように生きていいよ」と云ってくれました。

長かった入院生活を終え暖かい春はもうそこです。  


Posted by 中嶋 at 19:04Comments(0)中嶋

2011年03月04日

母の入院先でインフルエンザ発生

母が入院している病棟でインフルエンザに感染した人が出たため、病棟の一部の該当エリアが約2週間に渡って閉鎖され面会できませんでした。その間も看護師さんからの電話連絡で妹が洗濯物を取りに行ったり、洗濯したものを届けに行っていたそうです。そのエリアの入り口は仕切られていたので看護師さんを呼び出して受け渡ししたり症状を伺っていたそうです。

閉鎖が解除されたとの連絡を受け、昨日、病棟を訪れました。顔を合わせると「久し振りだね」と再会を喜び合いました。母もインフルエンザにかかって熱が出たため、自分の病床はカーテンでぐるっと閉められ同部屋の人と話ができなかった、トイレや洗面所にしか行けなかった、リハビリも少し良くなってから病床で受けたなど、辛い思いをしたそうです。

いつもの生活に戻りました。リハビリも張り切ってやっているようです。もうじき退院です。  


Posted by 中嶋 at 19:37Comments(0)中嶋